今年の夏休みはDisney+で
『SHOGUN 将軍』を見ています。
いま、4話目です。

ここまで視聴した印象は
良い意味で画面の色が全体的に暗い。
ベテランの役者さんが多い気がする。
そして重厚な作りだなぁっていう感じ。
そして良い意味で
お金がかかっていそうだなと。
甲冑の造り。
港に浮かぶ船。
城の内装。

こういう歴史作品はついつい
そういうところに目が行きます。
話の筋を追いながら
細かいところまで見てしまう。
戦国時代の話が好きなんですよね。
戦国ものが好きになった、
その入口はNHKの大河ドラマでした。
渡辺謙さんの『独眼竜政宗』や
中井貴一さんの『武田信玄』を
確か年末の総集編で
一気見したときからです。
それ以来
大河が戦国を舞台にする年は
必ず見てしまいます。
2023年の『どうする家康』も見てました。
「フィクションが過ぎる!」と
ずいぶん言われた作品です。
松本潤さんが徳川家康を演じた作品。
その正室瀬名が戦国武将を前に
桃源郷を説く話がありましたが
さすがにこれは突飛だなと感じました。

ところがいろいろ調べてみると
築山殿を悪女とする
長年の見方そのものが
研究で見直されてきていました。
最新の説に沿って作られた場面が
私のような世代には
違和感になっていたわけです。
古い情報のまま止まっていたのは
私でした。
40年前の教科書で覚えたことを
そのまま持ち続けている。
同じ世代なら
心当たりがあるはずです。
今年の『豊臣兄弟!』も同じです。
例えば第27回の本能寺の変。
光秀が本能寺にいませんでした。
炎の中で信長が対峙したのは
幻の明智光秀です。
これは演出の遊びではありません。
『乙夜之書物』という
加賀藩の兵学者が書き残した記録に
「光秀ハ鳥羽ニヒカエタリ」とある。
富山市郷土博物館の萩原大輔さんが
2021年に紹介したものです。
光秀自身が本能寺へ攻め込んだことを
裏づける一次史料は
今のところ見つかっていないそうです。
さらに山崎の戦い。
主君信長を討った明智光秀を
羽柴秀吉が討ち取った戦いです。
仇討ちを果たした者が
織田家の次を握る。
秀吉が天王山に本陣を構え
全軍を指揮して勝った。
そう語られてきました。

中京大学の馬部隆弘さんが今年3月、
『秀吉は合戦に間に合っていなかった』
とする論文を発表しました。
天下分け目の天王山と言われますが
あの言い回しの土台が
揺らいでいます。
私たちが小学生のころに習ったものに
足利尊氏として教科書に載っていたこの絵。

実は足利尊氏とは別人ではないか
という説が出ました。
この絵は今は「騎馬武者像」という名前で
教科書に載っているそうです。
描かれた家紋が足利家ではなく
高家のものだという指摘から
2000年代に表記が変更されました。

近年の修理で
その家紋が後世の書き足しだと
分かったそうです。
「足利尊氏ではない」とした
根拠のほうが消えてしまったわけです。
覆ったものが
もう一度覆りかけています。
源頼朝の絵も同じです。

私の世代が源頼朝だと
教えられたこの絵が
今の教科書には「伝源頼朝像」
と書かれています。
1995年に美術史家の米倉迪夫さんが
これは頼朝ではなく足利直義ではないか
という説を出しました。
冠や太刀の様式が頼朝の時代と合わない。
論争はまだ決着していません。
歴史は新しい発見によって覆ります。
こうだと言われていたことが
実は違ったと分かる。
そして覆ったものがまた覆る。
自分が習ったときのまま
アップデートされていないことが
たくさんあるはずです。
だから何事も
「当たり前」「当然」と考えずに
その前提を疑う。
自分で最新の情報を調べる。
そうやって調べ続けます。
思い込みが外れる瞬間は
歴史でも仕事でも面白いものです。
そういう話ができそうだと感じられたら
一度お会いしてみたいですね。
| 現場と経営をつなぐDX部長 村上 郁 (むらかみ かおる) |
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